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貧民銀行
今年のノーベル平和賞受賞のムハマド・ユヌス氏。

バングラデッシュで貧困層を対象とした世界初の少額無担保融資(マイクロ・クレジット)事業を生み出したグラミン銀行総裁。

たった一人の行動から世界を変えたとても素晴らしい人です。彼と彼の創立したグラミン銀行へ送られたノーベル平和賞、ごもっとも!です。

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以下、お茶の間から世界を変えよう のサイトからユヌス氏の生み出したマイクロ・クレジット事業の経緯について抜粋。

返済率98%──。そんな投資、魅力的だと思いませんか?

●『世界の善意の墓場』で  

一人当たりのGDPが日本の100分の1しかないインドの東北に位置するバングラディッシュ。  

平均余命は58.1歳、成人識字率男性49.9%、女性27.4%の世界最貧国のひとつ。  

世界で最も多額の援助の受けているにも関わらず、毎年その10億ドルが消え、ますます貧しくなっていき、『世界の善意の墓場』とまでいわれている。  

その一つの大きな原因はこの国が世界一汚職の多いこと。そして大きなプロジェクトが国民の生活に反映されないことである。


●教科書通りにいかない経済学

そんなバングラディッシュにひとつの解決策をもたらし、希望を与えたのがムハマド・ユヌスさんだ。  

その解決策とは「銀行」。  

バングラディッシュ南部のチッタゴンに生まれ、チッタゴン大学を卒業後、フルブライト留学生としてアメリカにわたって経済博士号を取得した。そして、バングラディッシュ独立2年後の1972年に帰国した。

「アメリカの大学では博士号をとり大威張りでしたよ。何でも来いと思っていました。ところが実際にやってみると教科書通りにはうまくいかないことがわかったんです。この国の経済状況はどんどん落ち込んでいくばかり。本当にいらいらしましたね。    

それで村をまわり始めたんです。村の経済、村人の意見を聞くためです。村が私の大学になりました。そこで生きた経済学を学んだんです」
 

ある日、ユヌスさんは竹細工の制作と販売で生計を立てていた女性に出会った。  高利貸しに材料費を頼っていたため、彼女の儲けは1日2セントにしかならなかった。

●プレゼントではなくローン  

ユヌスさんは彼女に、高利貸しに頼らずにやっていくにはいくら必要だとたずねた。すると6ドルという答えが返ってきた。  そこでユヌスさんは6ドルを貸すことにした。  

プレゼントではなく、ローンとして。  

そのお金をもとに彼女は自分で「ビジネス」ができるようになり、利益は1日2セントから1ドル25セントにまで跳ね上がった。  

たった6ドルが彼女の人生を変えた。 

「ほんとに驚きますよ。こんな小さなことで人の生活ががらっと変わるんですから。それにみんなが自分でやれる力を持っていることにも驚きました」  

ユヌスさんはその後、同様に苦しむ人々に、自分のポケットマネーから貸し与えたが、そのすべてが返済された。  

そこで今度は、一般の民間銀行に話を持ちかけたが、「担保がない貧困層に融資はできない」とことごとく断られた。「身銭を切る覚悟で」保証人にもなった。そこでもやはり全額が返済された。  

冷淡な民間銀行に失望したユヌスさんは「自分で弱者のための銀行を作る方が早い」 と自信を得て、83年、グラミン銀行を設立したのだった。


●銀行を超えた銀行─秘訣は『五人組』

グラミン銀行は貧困層を対象として世界初の小額無担保融資(マイクロ・クレジット)をはじめた。
一件の融資は平均67ドル(約7500円)。
それすら手に入れることができない貧困者たちなのだ。

「信用貸しこそ基本的人権」 が信条のグラミン銀行では、普通の銀行とすべてが逆さま。

貧乏人だけが借金をする資格を持ち、銀行が借り手をたずねる。

借り手は5人ほどのグループを作る。 グループ内で返済計画について話し合い、他のメンバーの借金にも責任を持つ。 銀行各支店の担当者は定期的に各グループの住む地域をまわり集会を開き、そこで借り手は借金返済の計画を説明する。

地域をまわる銀行の担当者はまるで「先生」のよう。借り手に講義をし、返済のためのノウハウを教え、貧困から脱出できると希望を与える。「先生」はかつての借り手で、返済を成し遂げた経験者がなることが多い。

また借り手の9割以上が女性であるというのもグラミン銀行の特長だ。 貧しさの犠牲になるのはまず女性。働いても働いても飢えに苦しむと悪循環と断ち切ろうとする決意は男性より女性のほうが強いと、ユヌスさんはいう。

グラミン銀行にはスローガンがあり、集会ではみなそれを合唱する。文字が読めない人が多いので、自分が常に何をすべきか意識させるためだ。

15条からなるスローガンのひとつには「他の人の奴隷にならない。自分たちのために働きます」とある。

また7条には、「われわれは子供を教育します」とある。借り手自らがお金を出し合い公立学校へ入る前の教育をするための施設を作った。その数5000校以上。

このようにグラミン銀行はただのお金を貸すだけの銀行ではないのだ。


●「マハトマ・ガンジーのような人」

初めてユヌスさんがお金を貸した女性は、今ではバングラディッシュの平均年間所得140ドルの3倍を得ている。そしてトタン屋根の新しい屋根を建てられるようになった。そして何よりも大きいのは、家族を養えるようになったこと。

しかし彼女は自分が金持ちとは思っていない。

「あの当時が貧しすぎた。今は何とか自分のことは自分でできることができるようになっただけです。それが違いです」

1976年、ユヌスさんが個人的にお金を貸したことに始まり、今では銀行にまでなった。 経済学者として高みから見下ろしていたときは、人々が貧困にあえいでいたのは、怠け者で一生懸命働かないからだと思っていたユヌスさん。

「ところがちがったんです。みんなわずかな金を稼ぐために、実によく働くし、すばらしい技術をもっている。生活をかえるために必死にがんばっているんです」

今までは国際社会が多額の援助をしてきたのに関わらず、失敗ばかりが続く現状についてユヌスさんはこう語る。

「人々をおざなりにしすぎたからだと思います。プロジェクトとその成果ばかりに考えていたからでしょう。人々がどうなっていたかということに目を向けずにね」

毎年グラミン銀行に助成金を出してきたコード基金のスーザン・デービスさんはこう語る。

「ユヌスさんは汚職とは無縁で自分の価値観通りに生きている人です。だからこそ、だれよりもこの国に希望を与えることができたのだと思います。マハトマ・ガンジーのような人物といったらいいでしょうか。それともケネディかマーティン・ルーサー・キングJr.といったところでしょうか。なぜなら、彼が実行していることはバングラディッシュという国を超えて、世界中の運動に発展してきているからです」

●「世界の貧困人口を2015年までに半減」

このグラミン銀行がつくりあげたシステムは現在60カ国以上で採用され、利用世帯数は4000万。2005年には1億世帯を目指しているという。現在、借り手の約半数が貧困を脱出したと報告されている。 グラミン銀行の 借金返済率は98% にもなる。

皮肉なことだが、このマイクロ・クレジット事業は、貧しい人を救済するだけでなく、利益が見込める事業だとして、最近は大口投資家も評価している。

グラミン銀行はまた、女性のみが借りられる携帯電話会社「グラミンフォン社」の設立に協力。南アジア最大の携帯電話会社、そしてバングラディッシュでは第二の企業にまで成長している。

ユヌスさんの人生の最終目標は 「世界の貧困人口を2015年までに半減させる」 ことだ。


こんなに素晴らしい銀行を創立されても、次の目標を掲げ、人々の為に行動するユヌス氏に大拍手♪

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どちらに目を向ける?

「他人は、失ったものに目を向けますが、私は得たものに目を向けます」

             <フランスの登山家エルゾーグ>



1950年に世界で初めて8000メートル級の山に登頂したフランスの登山家モーリス・エルゾーグの言葉。

当時31歳の若い隊長だった彼はこの登頂で27kg体重が落ち、凍傷で両手両足の指、全てを失っています。

失ってしまった手足の指よりも世界で初登頂したという大勝利と成功は何にも代えられないのでしょうね。とてもポジティブで素晴らしいなと心から思います。

失うものと得るものは実は紙一重ということも多いのかもしれないです。


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処女峰アンナプルナ―最初の8000m峰登頂
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生まれ変わったら。
(次に生まれ変わったら???の問いに)

「生まれ変わったら??

 難しい質問だけど

 わたしはわたしを選ぶ。

 わたしはわたしでいることが好きだから」

                 <アシュリー・ヘギ>



ご存知の方も多いと思うのですがアシュリーちゃんは、世界で約30~40人の早期老化症(プロジェリア)です。人の10倍もの速さで年をとる彼らの平均寿命は、13歳。その寿命を延ばし14歳になった彼女。この言葉は彼女が11歳の時に答えた言葉です。自分より半分以上下なのに スーパーポジティブ な彼女。こんな素敵なことも言っていました。

「早期老化症(プロジェリア)じゃなければいいのに、なんて思わないわ。神様がわたしをこうお創りになったのには、きっと理由があるはずだもの。わたしは、わたしという人間であることが幸せなの。」

彼女のインタビューに対する答えは、そこら辺の大人の答え(自分も含め)よりも、数倍しっかりしていました。自分が10歳ちょっとの時には絶対に言えなかった言葉ばかりです。

このドキュメンタリー番組を見た時、自分がすごく恥ずかしく情けなく思いました。五体満足で何不自由ない自分がちょっとした事で愚痴ったりネガティブになったり。。限られた時間を精一杯生きているアシュリーちゃんからは毎回本当にいろいろな勇気をもらいました。

「人生は不満を言うほど悪いものではない」という彼女の言葉を深く受け止めて日々ポジティブに頑張りたい!と思わせてくれた方です。

カナダの同じ州に住んでいるし、車で数時間だと思うのだけど住所がわかれば絶対に訪ねてみたい、と思っているんです。(←怪しい者ではありませんよ。。。。笑)

アシュリーちゃんの詳しいストーリーは、こちらへ。http://www.fujitv.co.jp/fujitv/news/pub_2005/05-262.html


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人生は自分次第
「できる事は全てやる」というつもりでやらないと夢は実現できません。
「楽をしよう」と思った時点で自分をそれ以上伸ばせない。
自分の中に「粘り強い何か」があれば、自己実現は絶対にできると思う。

名前が広く知られている人や高い立場にいる人は、すごい苦労をして自分をつくっている。
長くその立場にいるということは今までの努力の裏づけがあるからです。

たとえ、レールが敷かれているように見えても、自分の人生は自分でしか作り上げられない。
納得できるように生きるのも、納得できない自分になっているのも、やはり全て自分次第です。

          <元バレリーナ 草刈 民代>



自分の人生を作るのは自分次第。

まさにその通りで、そうだそうだ、、と思いつつ、ちょっとした事でつまずくと悲観的になったり。。

でも自分が人生のシナリオの脚本家なんですよね。脚本を書くだけでなく演じる主演も自分がするもの。このシナリオ作り、本当に重要だな、と思います。

ネガティブになってしまうと、いつの間にか別のシナリオを作っている自分がいる。そして悲観的なシナリオの方に人生が動いてしまう。

それを打ち消すために最高のシナリオ作りをして心も頭もポジティブにそして毎日笑顔でいよう!と心掛けています。

人生のアカデミー賞で主演女優賞を取ってみせるぞ!

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プロフィール

リンリン

Author:リンリン
2005年よりカナダに住んでいます。

都会暮らしから田舎暮らしへの変化で戸惑う事なども未だにある毎日ですがヨガにはまりながら大自然の中でシンプルに暮らしています。

好きな言葉は「ありがとう」「冬は必ず春となる」

常にポジティブでいたいと思っています☆
ポジティブパワーがもらえる本、映画、言葉などあったら是非是非教えてください。どうぞよろしく♪

泣き、笑い上戸です。泣くのも笑うのも大好き☆

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